大判例

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神戸地方裁判所 平成8年(ワ)1579号 判決

第一事件原告(以下「原告」という。)

大野妙子

第二事件原告(以下「原告」という。)

山本健

第三事件原告(以下「原告」という。)

新井一子

右三名訴訟代理人弁護士

松本隆行

小林廣夫

亀井尚也

松重君予

第一・第二事件被告(以下「被告」という。)

日動火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

天野茂

右訴訟代理人弁護士

高崎尚志

安藤猪平次

今後修

第三事件被告(以下「被告」という。)

富士火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

白井淳二

右訴訟代理人弁護士

矢島正孝

模泰吉

三原敦子

玉田誠

佐柳秀樹

茂木立仁

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第一  原告らの請求

一  第一事件

被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告日動火災」という。)は、原告大野妙子(以下「原告大野」という。)に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成七年一月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  第二事件

被告日動火災は、原告山本健(以下「原告山本」という。)に対し、金四一〇〇万円及びこれに対する平成七年一月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  第三事件

被告富士火災海上保険株式会社(以下「被告富士火災」という。)は、原告新井一子(以下「原告新井」という。)に対し、金二四〇〇万円及びこれに対する平成七年一月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要

本件は、阪神・淡路大震災の際に発生した火災によって、所有する建物を焼失した原告らが、被告らに対し、原告らと被告らとの間で個別に締結した火災保険契約に基づき、それぞれ火災保険金の支払を請求した事件である。

一  争いのない事実

1  原告大野は、被告日動火災との間で、平成四年五月二六日、次のとおり各火災保険契約を締結した。

(1)  保険の種類 長期総合保険

保険目的 所在 神戸市須磨区妙法寺字口ノ川〈番地略〉

所有者 原告大野

① 建物

構造 木骨、モルタル、 瓦葺

階数 二階建

用途 専用住宅

延面積 八二平方メートル

(以下「原告大野宅」ともいう。)

② 家財

(以下「保険目的一」という。)

保険期間 平成四年六月一二日から平成九年六月一二日まで

保険金額 建物 二〇〇万円

家財 五〇〇万円

月額保険料 一万二九一〇円

(以下「保険契約一」という。)

(2)  保険の種類 月掛住宅総合保険

保険目的 保険目的一と同じ

保険期間 平成六年六月一二日から平成七年六月一二日まで

保険金額 建物 八〇〇万円

家財 五〇〇万円

月額保険料 三四〇〇円(但し個人賠償責任保険の月額保険料一〇〇円を含む。)

(以下「保険契約二」という。)

2  原告山本は、被告日動火災との間で、平成六年九月三〇日、次のとおりの各火災保険契約を締結した。

(1)  保険の種類 月掛住宅総合保険

保険目的 所在 神戸市須磨区妙法寺字口ノ川〈番地略〉

所有者 原告山本

① 建物

構造 木骨、一部モルタル、瓦葺

階数 一階建

用途 専用住宅

延面積 49.50平方メートル

② 家財

(以下「保険目的二」という。)

保険期間 平成六年一〇月九日から平成七年一〇月九日まで

保険金額 建物 金六〇〇万円

家財 金五〇〇万円

月額保険料 二九七〇円

(以下「保険契約三」という。)

(2)  保険の種類 月掛住宅総合保険

保険目的 所在・所有者 (1)と同じ

建物 構造 木骨、モルタル、瓦葺

階数 二階建

用途 共同住宅

延面積

一階 264.0平方メートル

二階 264.0平方メートル

(以下「保険目的三」又は「山本文化」という。)

保険期間 平成六年一〇月九日から平成七年一〇月九日まで

保険金額 三〇〇〇万円

月額保険料 一万〇七一〇円

(以下「保険契約四」という。)

3  原告新井は、被告富士火災との間で、平成六年一〇月五日、次の火災保険契約(以下「保険契約五」という。)を締結した。

保険の種類 普通火災保険

保険目的 所在 神戸市須磨区妙法寺字アチ口〈番地略〉

所有者 原告新井

建物 ① 構造、木造、モルタル塗、瓦葺

階数 二階建

用途 店舗住宅

延面積 一棟六戸 一四二平方メートル

(以下「新井文化」という。)

② 構造 軽量、鉄骨、モルタル

階数 二階建

用途 店舗住宅

延面積 一棟二戸 五〇平方メートル

(以下「新井建物」という。)

(以下「保険目的四」という。)

保険期間 平成六年一〇月六日から平成七年一〇月六日まで

保険金額 新井文化 一八〇〇万円

新井建物 六〇〇万円

月額保険料 三万八七〇〇円

(以下、保険契約一ないし五を合わせて「本件各保険契約」といい、保険目的一ないし四を合わせて「本件各保険目的」という。)

4  平成七年一月一七日午前五時四六分ころ、阪神・淡路大震災(以下「本件地震」という。)が発生した。

保険目的一、三及び四は、本件地震発生当日の早朝、山本文化(保険目的三)の東端一階田辺ミサオ方(以下、田辺ミサオを「田辺」という。)の辺りから出火した火災(以下「本件火災」という。)の延焼により焼失し、保険目的二は、本件火災の延焼により半焼した(以下、本件火災により焼失した場所を「本件火災現場」といい、本件火災により原告らの被った損害を「本件損害」という。)。

5  本件各保険契約に適用される普通火災保険約款(以下「保険約款」という。)には、次のとおりの条項(以下「本件免責条項」という。)が定められている。

「次に掲げる事由によって生じた損害または傷害(これらの事由によって発生した前条(保険金を支払う場合)の事故が延焼または拡大して生じた損害または傷害及び発生原因の如何を問わず前条(保険金を支払う場合)の事故がこれらの事由によって延焼または拡大して損害または傷害を含みます。)に対しては、保険金を支払いません。

(2) 地震もしくは噴火またはこれらによる津波。」。

二  争点

1  本件損害の発生及び本件火災と本件損害との因果関係(保険目的は、本件火災前に、本件地震により滅失していなかったか)

2  本件免責条項の効力

3  本件免責条項の内容

4  本件損害についての本件免責条項適用の有無

第三 争点についての当事者の主張

一  争点1(保険目的は、本件火災前に、本件地震により各保険目的が滅失していなかったか)について

1  原告らの主張

各保険目的は、いずれも本件地震により何ら損害を被っておらず、原告らは、本件火災による各保険目的を焼失ないし半焼し、本件各保険契約の係る保険金額相当の損害を被ったものである。

2  被告らの主張

各保険目的が、本件地震後、本件火災前に存在していたこと及び原告らがその主張に係る損害を受けたことは知らない。

二  争点2(本件免責条項の効力)について

1  原告らの主張

(一)  本件免責条項の拘束力の不存在

原告らは、いずれも、保険約款中の本件免責条項について、被告らから開示されたり、説明を受けたりしておらず、地震免責条項という保険約款の重要部分について開示・説明がされていない以上、その部分は拘束力を生じない(契約の内容として取り入れられない)というべきである。

(二)  本件免責条項の公序良俗違反による無効

(1) 地震免責条項の不合理性

① 地震免責条項などの、保険契約者側に特に帰責事由がないにもかかわらず保険者を免責する条項の存在理由は、結局のところ、保険事業をめぐるコストと収益のバランスに帰着し、地震等のあらゆる事態に対して責任を負わなければならないとすれば、保険事業を行う企業にとってリスクが大きすぎ、健全な育成が実現されないことから、一定の範囲の事項について責任が生じないようにするということにほかならない。

そして、地震免責条項は明治以来、日本の損害保険事業の健全育成のために存在してきたが、今日における日本の損害保険会社が多額の資産を蓄積し、産業基盤の確立した企業体であることからすれば、地震免責条項によって損害保険会社を保護すること自体、今日では合理性がない。

② 地震免責条項そのものの存在理由としてしばしばいわれているのは、地震による損害の巨大性や地震危険の予測不可能性から、地震危険は危険分散技術としての保険数理になじまないということである。

しかし、地震そのものが人間に防ぐことはできず、地震の瞬間の揺れによって物が損壊することがある程度不可抗力であることを否定できないとしても、地震の揺れが終了した後の人間の様々な活動、その中で生じる火災に対する対処等はまさに人間の社会生活そのものの問題である。

そこで、その点では地震は台風災害と変わらないといえるのに、風水害は免責とせず地震は免責とされているのが保険約款の扱いである。しかし、これまでの日本の地震における火災と比べても、むしろ保険の対象となるフェーン現象、台風等による大火の被害の方が大規模な場合が多い。

したがって、地震火災のみが免責されるべき必然性はない。

また、地震による火災は予測不可能なほど大規模なものになるということがしばしば強調されるが、日本の近現代史において、そのようなことがあったのは、関東大震災のみであり、本件地震による損害は損害保険会社の予測を超えるような天文学的な数字に上っていない。

さらに、出火件数的にも、平成七年上半期は、本件地震があったにもかかわらず、平成六年上半期に比べ、建物火災件数はむしろ減少しており、焼損棟数も約五〇〇〇棟の増加があるにすぎない。

そして、本件地震による全半焼家屋は七四五六棟、九三二二世帯で、その多くが未だ再建できないか、あるいは再建できても多額の借金に追われているという状況であるにもかかわらず、平成七年の損害保険会社大手五社の三月期決算では、本件地震に関する保険金支払額は二五二億円のみで済み、経常利益が二一五五億円で、前年度比で18.2パーセントの大幅増収となっている。

このように、被災契約者が頼りにしていた保険金が得られず住宅再建ができない、もしくは多額の借金で苦しんでいるにもかかわらず、損害保険会社はかえって大幅増収を計上しているのであって、このような非常識な結果をもたらしたのは、被告らの本件免責条項とその運用に原因があるというほかなく、本件免責条項には合理性がない。

③ 神戸市は、複数の専門家から、神戸市周辺地域は活断層が複雑に走っており、今後直下型の大地震が発生する可能性が十分あるとの指摘がされていたにもかかわらず、地域防災計画の想定震度を六とすると多額の予算がかかるために、その想定震度を五とし、震度五以下の地震であれば地中の水道管に大きな被害が生じることは少ないという前提で、地震発生後も消火栓から消防用水を供給することが基本とされたが、実際は本件地震により神戸市の水道管は壊滅的な打撃を受け、水道管から水を引いている消火栓は全く使用不能となってしまった。

さらに、同様の前提から、神戸市では耐震防火水槽の整備も遅れており、公設の防火水槽が九六八箇所で(私設の三三五箇所と合わせても合計一三〇三箇所)、東京二三区では防火水槽が一平方キロメートル当たり二一箇所あるのに対し、神戸市では1.8箇所と比べものにならないほど低水準であったし、神戸市においては、初期消火に有効な消防ポンプ車は五八台しかなく、政令指定都市の中で最低の水準であった。

そこで、仮に消防水利の確保や消防力の不足という消防体制の不備がなければ、これほどまでに延焼拡大が広がることはなかったといえる。

このことは、西宮市の対応と比較すればより明らかであり、神戸市における本件地震後の火災の延焼拡大は、防災対策のあり方いかんによっては回避可能であったといえるから、本件地震発生後の火災の延焼拡大は、天災による不可抗力というより、人間によって防ぐことができた人災の側面が強い。

したがって、地震が天災で、不可抗力によって大規模な損害を招くとは必ずしもいいがたい。

④ また、生命保険の約款においては、死亡保険等の主契約において地震免責がないのはもちろん、災害割増特約や傷害特約等においても、「被保険者が地震、噴火、津波または戦争その他の変乱により死亡または高度障害状態に該当した場合で、その原因により死亡しまたは高度障害状態に該当した被保険者の数の増加がこの特約の計算の基礎に影響を及ぼすときは、会社は災害死亡保険金もしくは災害高度障害保険金を削減して支払うかまたはこれらの保険金を支払わないこともあります。」といった表現をしているのにとどまり、さらに、生命保険各社は、本件地震についてはこれらの規定の適用上、保険金の支払を削減したり不払とする場合には該当しないとして、特約に基づく保険金を支払っている。

そして、アメリカ、イギリス、フランス等の多くの先進国では、地震による火災も、火災保険またはそれに自動附帯される地震保険によって、通常の火災の場合と同額の保険金が支払われる制度が採られているのであって、世界的傾向としては、地震が火災保険制度の中で特殊な取扱を必要とする異常危険であるとの考え方はむしろ排除されつつある。

(2) 地震免責条項の漠然不明確

本件免責条項の文言は、前記(一5)のとおりであるが、これが、法律の専門家が読んでも分かりづらい条項であることは、一見して明らかである。

そして、損害保険会社の一般的な説明によれば、地震免責条項には時間的場所的限定はなく、要は地震と火災との間に相当因果関係があれば全て免責となるとされているが、このような前提を採れば、地震による影響が多かれ少なかれ社会生活上に残っている状況下の火災は、全て免責されることになりかねない。

このような漠然不明確な条項は、健全な企業の保護育成や、保険数理を超えた損害を不填補にするといった地震免責条項の存在理由を前提にしても、行きすぎた解釈がなされかねない不当な条項である。

不填補事由は、保険危険の発生可能性、保険料額、支出が予想される保険金総額などを基礎にした保険算数と関連させて限定することができるはずであって、保険者として合理的な計算に基づく支出準備金を著しく超えた資金を獲得するために不填補事由を拡張することは、保険の制度目的を逸脱する行為と評価されるべきである。

(3) 本件免責条項の公序良俗違反性

以上から、本件免責条項は、存在理由の乏しい時代遅れのものであるばかりか、規定の仕方自体が漠然不明確で、免責範囲が不当に広く解されるおそれのある、損害保険会社を不当に利するだけの条項であり、被告らのような大企業がその経済的優位を背景に一方的に設定する約款の条項としては、著しく正義に反し、公序良俗違反により無効といわざるをえないものである。

2  被告らの主張

(一)  本件免責条項の拘束力について

(1) 保険の技術性、団体性の要請を充たしつつ、迅速かつ大量に保険契約を締結するためには、保険会社において、全保険加入者に一律に適用する公平な契約条項を予め定めておき、個々の保険加入者がこれに従う形式を採ることがどうしても必要であり、そのため、現在の損害保険契約においては、主務官庁の監督の下、詳細な標準的約款(保険約款)が保険会社によって作成され、この保険約款に基づいて保険契約が行われたときは、保険加入者の主観的な意思に関わりなく、強行法規に抵触しない範囲において保険約款が保険加入者を拘束するとされており、特に約款の開示が必要とはされていない。

なお、判例においても、約款によらない旨の意思表示がない限り約款どおりの契約が成立することが認められており(大審院判決大正四年一二月二四日参照)、特に約款の開示が必要とはされていない。

(2) 仮に、本件免責条項の開示が必要であるとしても、保険会社が原告ら顧客との間で新規に火災保険を締結する場合には、原告ら顧客は、パンフレット等により加入する火災保険の種類を決定し、保険会社から契約申込の際に「契約のしおり」が交付され、これにより保険契約の内容(ことに担保危険の種類)を確認の上、申込書に署名捺印することになるが、この際、地震保険に加入を希望しない場合は、申込書の「地震保険ご確認欄」にある「地震保険は申し込みません」との欄に捺印または署名することになっており、原告ら作成の本件各保険契約の各申込書でも、原告らは、「別にお渡しする『契約のしおり』をよくご覧の上、ご契約くださるようお願いいたします。」と記載された欄のすぐ隣に位置する「契約書印鑑」欄に捺印した上で、地震保険には加入しない意思表示として前記地震保険ご確認欄にも捺印している。

以上の契約締結の状況によれば、原告らは本件各保険契約締結の際には、火災保険の「契約のしおり」によって、申し込む火災保険の担保危険の種類あるいはその範囲について十分に知る機会を与えられており、地震免責条項である本件免責条項について認識可能であったのであるから、原告らが本件免責条項に拘束されるとすることには十分な合理性があるというべきである。

(二)  本件免責条項の正当性

(1) 地震が極めて異常な危険で、保険になじみにくいことは、識者の一致して認めるところであり、その理由としては、地震損害の巨大性、発生予測の困難性、逆選択の危険が挙げられる。

そこで、地震多発地帯に位置する日本においては、民営の保険によって地震損害を填補することが極めて困難であるため、火災保険契約においても、その発足当初から地震免責条項が規定されており、その有効性に関しては、今日、これを否定する学説は存在せず、判例もこれを認めている(大審院判決大正一五年六月一二日参照)。

他方、新潟地震を契機に、昭和四一年五月一八日、「地震保険に関する法律」が制定されたが、そこでは、右の問題を回避するため、保険の目的を限定し、保険金額に支払限度額を設け、一定額の損害を超える分については政府の再保険制度を採用し、さらに地震保険を火災保険に附帯させてのみ締結することにする等の手法を採っており、また、昭和五五年の制度改革に際しては、一四九四年から一九七八年までの四八五年間の三四九の地震を基礎に損害が推定され、保険料率が算定されている。

このように、地震保険は約五世紀にわたる、異常に長い期間を料率計算の前提にし、保険金の上限を課す等の様々な制約をもうけて初めて実現可能となったもので、このことは、地震損害を現在に火災保険によって付保することがおよそ不可能であること、それ故に地震免責条項が合理性を有することを端的に示している。

(2) 保険の財政的基盤を維持し、保険を公平かつ有意ならしめるためには、収支相当の原則及び給付反対給付の原則が必須の根本原則であるが、収支相当の原則からの帰結として、特定の危険を免責として保険の担保範囲から除外する場合には、その保険団体においては当該危険が担保されないことを前提に収支が均衡するよう保険料率が計算されねばならない。

この理は、地震火災による損害についても例外ではなく、火災保険においては、地震損害を填補しないことを前提に、単年度で収支が均衡するよう高い精度をもって保険料率の計算がなされている。

したがって、火災保険においては、地震損害を填補するための原資が蓄積されておらず、地震火災による損害に対する保険金の支払を拒絶しても、保険会社に特段の利得が生ずることはありえない。

よって、本件免責条項のような地震免責条項が保険会社を不当に利する条項となることは構造的にありえず、公序良俗違反の問題など生じる余地はない。

(3) そもそも、火災保険によって地震火災による損害をも填補すべきか否かという問題は、約款の拘束力や有効性に関する解釈論によって解決できるような性質の問題ではなく、すぐれて保険制度改革上の問題であり、現行地震保険制度は、地震による損害の特殊性について十分な熟慮がなされた上で制定、整備されてきたのであって、この基本的な枠組みを解釈論で左右することなど許されない。

三  争点3(本件免責条項の内容)について

1  原告らの主張

(一)  本件免責条項は、地震損害の巨大性、予測不可能性がもたらす結果から損害保険会社の経営基盤を保護するという存在意義を有する限りで適用されるべきであるから、その限度で制限的に解釈されるべきである。

また、商法六六五条は、火災によって生じた損害はその火災の原因のいかんを問わず保険者がこれを填補する責任を負う旨規定し、火災保険にいわゆる「危険普遍の原則」を採用し、その例外としての同条但書にいう法定免責事由としては、地震損害を含めておらず、法定免責事由としては同法六四〇条が戦争その他変乱による損害の場合を、同法六四一条が保険の目的の瑕疵や保険契約者側の事故招致を挙げているにすぎない。

このことからすれば、商法は被保険者側に帰責事由がない場合には、戦争または戦争に準ずる場合以外の全ての火災による損害を填補するという考え方を採っているのであり、商法六六五条が任意規定であるとしても、それは本件免責条項を解釈する場合の指針として生かされるべきである。

そこで具体的には、地震免責条項の「地震」とは、「地震と同時に広範囲にわたって多発的に火災が生じ、被害額自体が損害保険会社の基礎を掘り崩し、企業の存立を危うくするような地震」を意味すると解するのが相当である。

なお、判例上もこのような免責条項の存在意義に照らした合理的な制限解釈はこれまでも行われており(最高裁判決昭和四四年四月二五日民集二三巻四号八八二頁等)、何ら問題はない。

(二)  また、約款の拘束力を当事者の意思推定におくのであれば、約款中の条項の意味をどう解釈するかは、当事者の合理的意思によるべきであるということになる。そして、この場合の「当事者の意思」の基準は、個別当事者ではなく、一般通常人がどう認識するかということである(最高裁判決平成五年三月三〇日民集四七巻四号三二六二頁参照)。

そこで、地震免責条項を一般保険契約者の通常の意思としてどのように読めるかを検討した場合、本件免責条項の「地震」という文言は、文字どおり「地盤の揺れ」を意味すると理解するのが相当である。

そこで、地震との関係で火災による損害を、① 地震によって発生した火災によって生じた損害(以下「第一類型」という。)、② 地震によって発生した火災が延焼又は拡大して生じた損害(以下「第二類型」という。)、③ 発生原因のいかんを問わず火災が地震によって延焼又は拡大して生じた損害の三類型に分類するとすると、第一、第二類型にいう「地震によって発生した火災」とは、地盤の揺れによってストーブが倒れたり、炊事中のガスの火が家の中に燃え広がって火災が発生した場合のみをいうのであって、地盤の揺れによってガス管に亀裂が生じてガス漏れが生じ、そこにタバコの火が引火して火災が発生したとか、電線の被覆が破れた状態で通電が行われたためにショートして火災が発生したといった場合は、火災の発生に人為的な要素が介在する以上、第一、第二類型には含まれないというべきである。

また、第三類型にいう「地震による延焼拡大」とは、既に地震前に火災が発生していた建物が地盤の揺れによって崩れて周囲に燃え広がったような場合をいうのであって、地震によって、消防力が多かれ少なかれ低下した状況下において、何らかの理由で火災が発生したが消防活動がうまくいかず延焼が生じたような場合には、まさに人為的要素によって火災が延焼拡大したのであって、第三類型に含まれないというべきである。

(三)  さらに、約款の条項を解釈するにあたっては、作成者が一方的に自己に有利な約款を作成しかねないという実態から、解釈の公正を保つために、作成者の利益を相手方の不利益において図るような解釈は許されないとの解釈原則が存する。そこで、右条項の文言から二とおりの解釈が考えられる場合には、作成者に不利に解釈すべきということになる(作成者不利の原則)。

この解釈原則を本件免責条項にあてはめると、これらにおいて規定されている「地震」とは、原告らが理解したように「地盤の揺れ」そのものを意味するとも、あるいはそれ以外の、広い意味での「地震による社会的混乱状況」を意味するとも、いずれにも考える余地があり、紛らわしいといわざるをえないのであるから、このような場合には作成者に不利に「地盤の揺れ」を意味すると解釈すべきである。

(四)  以上から、本件免責条項にいう「地震によって」とは「地盤の揺れによって」という意味に、しかもその場合の「地震」とは、「地震と同時に広範囲にわたって多発的に火災が生じ、被害額自体が損害保険会社の基礎を掘り崩し、企業の存立を危うくするような地震」という意味に解すべきである。

2  被告らの主張

本件免責条項に合理性が認められる以上、原告らのような無理な制限解釈をする必要はなく、本件免責条項の「地震によって火災が発生した場合」には、「地震によるガス漏れに何らかの火が引火して火災が発生した場合」も含まれるし、「地震による火災の延焼拡大」には、「地震による社会的混乱により消防力が低下して火災が延焼拡大した場合」を含むと解すべきである。

四  争点4(本件損害についての本件免責条項適用の有無)について

1  被告らの主張

(一)  本件火災は、平成七年一月一七日午前五時四六分に発生した本件地震によって、本件火災現場周辺に配置されていたガス配管等が破損し、そこから漏洩したプロパンガスに何らかの火が引火して爆発したことにより、同日午前六時ころ、保険目的三の建物の東端一階田辺方において発生したものであり、これが延焼して最終的に各保険目的を全焼ないし半焼させたものであるから、仮に保険目的一ないし四が本件地震によって滅失していなかったとしても、本件損害は本件地震によって発生した火災が延焼したことにより生じたものである。

したがって、本件損害は、本件免責条項の第一類型、第二類型のいずれかに該当するから、被告らは、本件損害について保険金を支払う義務を負わない。以下、具体的に述べる。

(二)  本件地震による被害の状況等

(1) 地震の規模等

本件地震は、震源地を淡路島北部、震源の深さ約一四キロメートル、マグニチュード7.2の巨大地震であった。

本件地震は、人的、物的な被害をもたらしたばかりでなく、電気、ガス、水道などライフラインを寸断し、交通システムや通信システムをも破壊したため、都市機能を完全に麻痺させる結果となった。

(2) 建物被害

大規模地震が人口密集地帯である都市の直下で発生したことから、多数の建物施設や構造物に被害をもたらしたが、兵庫県全体では全壊建物八万一二〇六棟、半壊建物六万二八二六棟に及び(消防庁編「阪神・淡路大震災の記録」第一巻六八頁・ただし、平成七年二月二〇日現在での集計)、また、神戸市内での建物被害は、全壊六万七四二一棟、半壊五万五一四五棟に達している(神戸市消防局庶務課編「神戸消防の動き」二頁・ただし、平成八年一月現在集計)。

その他、建物については、損壊被害のほかに、本件地震後に発生した火災による被害も甚大であり、神戸市内だけでも、全焼建物は六九七五棟、半焼建物は七三棟となっている(右同書同頁)。

(3) 交通関係の被害

国道二号線、四三号線をはじめとする幹線道路や主要道路が各所で段差や陥没の路面被害を生じ、また、倒壊建物が道路を塞ぐなどの被害が続出して、車両の通行を阻害し、道路交通は寸断され、機能しなくなった。

(4) 生活関連施設の被害

関西電力では、発電、変電、配電の種々の設備に被害を受けたため、多くの住宅や施設で停電となったり、一部地域においては、本件地震後の混乱から、損壊した家屋内で配線が短絡したりしている状況の中で通電され、これがもとで火災発生をもたらした事態が発生した。

また、関西地域を供給エリアとする大阪ガスのガス導管網にも甚大な被害が生じ、ピーク時にはガス供給停止が八六万戸に及んだとされる。中圧導管については、主として継ぎ手の緩みなどから一〇六箇所、低圧導管については、ねじ接合部に被害を受けたことなどから二万六四五九箇所で損傷を受け、一部でガス漏れなども生じた。

そこで、本件火災現場のように都市ガスではなくプロパンガスが配給されている家屋では、ガスボンベから各家庭への供給配管が損傷してプロパンガスが漏洩し、出火の危険を増大したことも十分に考えられる状況となっていた。

電話については、地震発生時の電源停止による交換機故障によって、約三〇万回線が不通となった。しかも、一月一七日の地震発生日から二一日までには、全国から神戸方面に対して通常の五〇倍程度の通話が集中したため、電話が極めて繋がりにくい状況となっていた(前掲「阪神・淡路大震災の記録」第一巻二七七頁〜二七八頁)。

(三)  神戸市消防局の平成七年版消防白書によれば、本件地震が発生した一月一七日午前五時四六分から一〇日の間に神戸市内で一七五件の火災が発生し、そのうち一一件は一万平方メートル以上の大火災となっている。そして、この一七五件の火災のうち、五九件は本件地震発生時から一四分間に発生し、その後も次々と火災が発生して、一七日中には合計一〇九件の火災が発生している。翌一八日には一四件、一九日には一五件の発生がみられ、以後は一桁台の発生へと漸減している。

なお、神戸市内において、本件地震当日発生した建物火災のうち、半数以上の五六件が地震発生の午前五時四六分から午前六時までの一四分間に発生したが、この同時多発火災が直下型大地震を特徴づけるものであるといわれており(「火災に関する調査報告書」日本火災学会編二頁)、神戸市内における建物出火件数が、平成六年で四二〇件(一日あたり1.15件)、平成五年で三九六件(一日あたり1.08件)である(「神戸消防の動き」平成七年版消防白書資料編一三頁)ことに照らすと、都市直下型の本件地震後一四分間に発生した火災件数は、平年統計の一日(一四四〇分間相当)あたり換算の火災発生件数(前述のとおり約一件)の五〇倍を越え、当該時間あたりの比較(一四四〇分の一と一四分の五六との比較)では何と平年の五〇〇倍にも達することになる。

このような本件火災の発生状況にかんがみれば、火災原因が本件地震と因果関係のないものであるとの明確な証拠のある場合は格別、そのような特段の事情のない限り、神戸市内において地震発生から午前六時までの一四分間に発生した火災は地震によるものと推定すべきである。

(四)(1)  本件地震は、ガスや電気配給が完備した都市地域において、同時多発型の地震火災を発生させた。

すなわち、建築年度の古い老朽木造家屋においては、ガス配管や電気配線について特別の防護が施されているわけではなく、柱・板壁・天井あるいは建具など可燃性の高い建築資材に接近してガス配管や電気配線が固定され、張りめぐらされているのが通常である。そして、脆弱な老朽木造家屋においては、最大マグニチュード七にも達する本件地震の揺れによって、容易に、家屋がたわんだり、歪んだりするため、ガス配管や電気配線に異常な張力が加わり、ガス配管の継ぎ手を中心に破損が生じ、また、電気配線の絶縁被覆が破損して電気短絡火花が発生し易い状況が生まれる。冬季で乾燥し切った木造家屋の部材に、電気スパークや消し忘れの火源から引火したガスなどの着火媒体が作用すると、容易に家屋が炎上することは、平時における火災メカニズムにおいても明らかなところであって、本件地震時の混乱においては、その危険発生の蓋然性は極めて高いものとなったはずである。

本件地震後の火災の発生原因についての調査においても、判明している火災原因の約半数は電気的火災あるいは電気とガス漏れとが競合する火災とされ、本件地震から数時間あるいはそれ以上の時間経過後に発生した火災の主たる原因は、この通電によるものとの推定が強く働く。

(2) 本件被災家屋七軒は、その西方を流れる妙法寺川を中心とした峡谷の斜面地に密集して建築されていたもので、そのうちの「山本文化」及び「新井文化」は、いずれも建築後相当年数を経た木造アパートである。

山本文化の建物の南東角付近には、プロパンガスボンベ室が設けられ、四本のプロパンガスボンベ(一本五〇キロリットル)が常置されており、新井文化の建物では、北東角に二本のプロパンガスボンベが常置され、各ボンベからそれぞれの建物の各戸に配管が巡らされていた。

本件地震の大きな揺れによって、山本文化の西側壁面に据えつけられた鉄製階段は変形しており、山本文化や新井文化など木造家屋にしては床面積の大きい建造物においては、地震の破壊作用によって、瞬間的にはかなりのたわみや歪みが発生したことが容易に推定される。

(3) 本件地震発生時、住民たちは揺り起こされ、被災家屋の住民のほとんどが屋外に飛びだしていた。

本件地震直後、原告山本及び山田淑枝は、ガス臭を覚知しており、原告山本はその所有する山本文化のプロパンガスボンベ室にボンベのバルブを閉めに行っている(なお、原告山本は本件地震から三年九か月経った後に行われた原告本人尋問においては、ガス臭はしなかったとしているが、本件地震から二週間後の現場聞き込み調査においてはガス臭がしたとしているのであって、現場聞き込み調査における説明の方が信用できることは明らかである。)。

こうした地震直後の住民たちの動揺がおさまらぬうちに、爆発音とともに本件火災が発生したが(爆風によって顔や手にすり傷を負った住民もいる。)、火元については、山本文化一階東側あるいはその南側と説明する住民が多く、また、本件火災が発生したのは、地震直後五分ないし一〇分後の間の出来事であり、時刻にして遅くとも午前六時までのことであると説明する住民が八人中五人と過半数を超える。

(4) そこで、本件火災は、本件地震当日の遅くとも午前六時までの間に、山本文化東側もしくは東南端の部分で発生し、その後、消防隊が到着した午前七時一八分には、山本文化、新井文化、原告大野宅、島崎方の木造家屋四棟の範囲にまで火災は延焼拡大していたもので、この事実関係からすると、本件火災は、最初は爆発を伴ったものの、その後、比較的緩やかな速度で北方向に燃え拡がっていったことが認められる。

このような経過に照らすと、築後相当の期間を経過している山本文化(昭和三六年に建築され、プロパンガスの配管は昭和四三年に工事されたままの状態であった。)か、もしくは新井文化において、本件地震の強い揺れによって、プロパンガス配管に異常な張力が加わってガスが漏出し、これが何らかの火源に反応引火し、爆発を伴う火災が発生した蓋然性が高い。

また、奥元志は、本件地震直後、山本文化北側の路地にいて、そこから田辺方の西隣の部屋(以下「本件倉庫」という。)の内部北側で火が出ているのに気づき、長男と共に北側窓ガラスを割って消火器により消火活動をした後、本件倉庫内に入って北側の出火点で消火活動をしており、坂本ハクトは、山本文化北側にある自宅にいたところ、ドカンという音を聞き外に出てみると、本件倉庫内に火が見えたので、本件倉庫内に入り、本件倉庫中央寄り付近で消火器により消火活動をしているし、山本文化北側にいた山田哲治も、本件倉庫の窓ガラスが割れて火が噴き出してきたのを見ていることからすれば、本件火災は山本文化内の本件倉庫から出火したと考えられる。

(5) このように、本件火災は、本件地震による破壊作用によって火元の家屋が歪みあるいはたわんだことにより、プロパンガス配管が破損し、ガスが漏出したため、本件地震後五分ないし一〇分という短時間内に、プロパンガスが何らかの火源と反応し爆発炎上したことが原因である。

なお、住民からの聴取結果により、消防機関は、地震の破壊作用によると見られる被災建物の変形を認め、かつガスの漏出による爆発火災の形態を伴う火災であると、地震火災特有の火災発生原因事実を把握していたが、本件地震後の同時多発火災の処理に翻弄され、現場保全の手だてもないままに、出火から二週間以上経過した平成七年一月三一日になって、ようやく実況見分の実施にこぎつけたため、裏付けとなる物的資料の蒐集が不能となり、結局、消防機関は、本件火災を不明火として処理せざるを得なかったのである。

(6) 結局、本件火災の火源については、出火場所付近が焼き尽くされていることなどから、その特定は困難であるが、着火物については、地震により流出したプロパンガスである蓋然性が最も高く、本件火災が地震による火災であると強く推定され、単なる時間的場所的に密接な関係があるということを超えて、本件地震との関連性は極めて強固であるといえる。

このように、火災が時間的場所的に地震と密接に関連する状態で発生し、かつ、その発生原因として地震により流出したガスに引火したことが明らかな場合には、火源が特定できないとしても、被告らの本件免責条項による免責の立証責任はそれで尽くされているというべきである。

(五)  なお、本件火災の出火時刻については、甲一号証の火災調査報告書においては、おそくとも午前六時までの出火と記憶する住民がほとんどで、同調査報告書の他の記述に照らし合わせてみても、同報告書の判定には甚だしい飛躍があり、出火時刻を午前六時五八分と記述しているのは誤記によるものと思われる。

(六)(1)  仮に、本件火災が地震によって発生したものとは認められないとしても、本件火災は地震によって延焼したもので、本件損害は本件免責条項の第三類型に該当するから、被告らは保険金支払の責任を負わない。

(2) すなわち、本件火災は、本件地震当日の午前五時五八分ころに出火したが、その約一時間一〇分後の午前七時八分、警察官が須磨消防署北須磨出張所に駆け込んで火事の発生を知らせたことによって、消防当局は初めて火災の発生を知った。

そこで、消防隊員が覚知後直ちに出動し、午前七時一八分に現場に到着したが、そのときには火災は既に最盛期にあり、山本文化は既に約四分の三が焼失、炎上した状況となっていたほか、新井文化は建物の約五分の四がすでに焼失、炎上中で、原告大野宅及びその隣の島崎方もそれぞれ約二分の一が炎上していた。

消防隊員が到着する前から自治会の会員が現場付近の二つの消火栓にホースをつないで細々と二線放水していたが、その効果はほとんどなく、火災は延焼し続けて最盛期を迎えており、わずかに消防車一台が到着した後、四番消火栓において自治会と交替して同消火栓から三線放水し、全部で四線放水をした。

しかしながら、早期に火災を鎮火、鎮圧するには水量は十分とはいえず、結局九九七平方メートルを焼き、当日午後二時になったころ、鎮火、鎮圧された。

(3) 平常時であれば、火災発生後直ちに住民が消防署に対し電話で火災発生の通報をすることが可能であったはずで、本件火災現場の南約八〇〇メートルの地点にある須磨消防署板宿出張所に通報後、直ちに十分な数の消防車が出動すれば、早期に火災が鎮火鎮圧され、本件火災の延焼拡大を阻止することができたはずである。

ところが、本件の場合、住民が電話で火災発生の通報をしようとしたものの、地震により電話がつながらなかったため通報することができず、消防当局は、警察官が須磨消防署北須磨出張所に駆けつけて通報したことにより、火災発生から約一時間一〇分も経過した午前七時〇八分に初めて本件火災を覚知したのである。

このように、覚知が遅れた直接の原因は、地震によって電話がつながらなかったことであるが、本件地震当日は須磨区、長田区の市街地において本件地震発生直後から次々と火災が発生し、消防当局は消火活動や生き埋めになった被災者の救助活動などの対応に追われていたもので、本件地震直後は、消防当局自体が炎や煙が上がっても自ら覚知すらできなかったほど混乱状態にあったものと考えられる。

このように、本件火災の覚知が遅延した理由は、地震によって建物の倒壊や火災が一時的に多発したため、あらゆる面において都市機能が混乱に陥り、本件火災現場周辺の公設消防体制そのものが破綻していたこと以外には考えられない。

(4) 右のとおり、本件火災は、地震による都市機能の混乱・消防体制の破綻などのため、消防当局による火災の覚知が遅れたこと等により延焼拡大したものであって、本件免責条項の「原因のいかんを問わず火災が地震によって延焼または拡大して生じた損害」に該当する。

2  原告らの主張

(一)  本件免責条項はいわゆる地震免責条項であるが、地震免責条項は火災保険金が支払われる場合の例外を定めたものであるから、保険者側にその立証責任が存することはもちろん、立証の程度も具体的かつ厳格でなければならない。

(二)  本件では、本件火災が本件地震当日の朝に発生したということ以外に地震と火災を結びつけることにつながる事実関係は存せず、むしろ、本件火災についての火災調査報告書(甲一〔須磨消防署長作成〕・以下「本件火災調査報告書」という。)では、本件火災は、本件地震が生じてから一時間以上も経過した、午前六時五八分ころ出火したものとされている。

また、本件火災現場の付近には、本件地震によって倒壊した建物はなく、付近住民は修繕を要することなく居住を続けており、各保険目的も同様の状態であったし、本件火災の消火活動は消火栓からの給水で行われたもので、水道管の破損もなかった。したがって、プロパンガスの配管だけが損傷したとの推定など働く余地はない。

さらに、消防署による現場聞き込み調査においては、消防署員に対し、本件火災前に「ガスの臭いはしなかった」と説明する住人も少なくなく、火元に住んでいたとみられる田辺もガス臭かったとは説明していない。

このため、本件に関する消防署の火災調査報告書も、本件火災の原因は不明との最終判断を下したのである。

(三)  仮に、本件火災が漏洩したガスの爆発によるとして、その場合、屋外での爆発と屋内での爆発の二つの可能性がありうるが、屋外でガスが漏れても、普通はそのまま引火せずボンベが空になっていくのであるから、山本文化あるいは新井文化の屋外のプロパンガスの配管が破損し、同破損箇所から流出したプロパンガスが屋外で爆発した可能性はない。

そして、新井文化の内部で爆発が起きたとの証拠は全くなく、周辺住民の消防署員に対する説明では、火元は田辺方でほぼ間違いない。

しかし、山本文化の配管が損傷して、プロパンガスが山本文化の田辺方に滞留する可能性はありえない。なぜなら、山本文化では室内にプロパンガスの配管をしておらず、仮に配管が損傷を受けたとしても、そのために室内にガスが充満することはないし、山本文化のガスの配管は接続部についてはネジ式に強力に接合されており、ガスの配管が接合部で抜けるといった事態が生じることは考えられず、また、室内のプロパンガス設備についてはヒューズコックや生ガス防止装置といった安全装置が施されていたからである。

また、山本文化の所有者である原告山本は、本件地震直後に山本文化に赴き、山本文化のプロパンガスボンベのバルブを閉めている。被告らの主張によれば、本件地震後五分ないし一〇分という短時間にガス爆発が起きたということであるが、右主張に沿えば仮に配管からガス漏れがあったとしても極めて短時間で、さらにプロパンガスは都市ガスと異なり圧力は弱く、かつ空気より重いので下に溜まる性質があり、爆発するほどの量が被告らが主張するような本件地震から五ないし一〇分以内という短時間内に滞留することはない。

以上からすれば、配管が地震により損傷し、そのため漏出したプロパンガスが田辺方内あるいは本件倉庫内に滞留して爆発した可能性はない。

むしろ、可能性として一番考えられるのは、火元とみられる田辺がガスを付けっぱなしか出しっぱなしにして外に出たまま放置し、再度部屋に戻ってタバコ等に火を付け、それがガスに引火したということである。

(四)  よって、本件火災は本件地震当日の午前六時五八分に出火したものであるから、被告らの、本件地震当日の午前六時までに発生した火災は本件地震によるものと推定されるべきであるとの主張は、本件火災には何の意味もなく主張自体失当であり、被告らの、本件火災が地震により流出したプロパンガスに着火した蓋然性が高いから地震によるものであるとの推定が強く働くとの主張にも合理的な根拠がない。

したがって、本件火災が「地震により発生した」ということはできない。

(五)  本件損害は、「地震による延焼拡大」によって生じたともいえない。

その理由は、以下のとおりである。

(1) 本件火災において、消防署の覚知の遅延はなかったというべきである。

なぜなら、本件火災の出火時刻は、本件地震発生から一時間前後経過した午前七時ころだったはずであり、そうだとすれば、本件火災発生から消防署の覚知まで一〇分前後、消防車の現場到着まで二〇分前後の時間しか要しておらず、この点は通常時と何ら異ならないからである。

仮に、本件火災が漏洩したプロパンガスに何らかの火が引火したとすれば、プロパンガスが爆発する程度に滞留するためには、かなりの時間が経過していなければならないし、滞留したガスの爆発があったとすれば、爆発後短時間で燃え広がって、消防署が覚知した時点で火の勢いが既に強くなっていたとしても不自然ではない。

(2) また、本件火災の消火に際して放水量が不足していたとはいえない。

なぜなら、本件火災現場では、長田区の他の地区とは異なって、現実に水道消火栓を用いた消火活動が可能で、出火後間もなく地元自治会による初期消火(二線放水)がなされ、出火後二〇分前後で消防車一台が到着し、自治会とあわせて四線放水による相応の消火活動がなされており、その結果、現実に北部山手側への延焼も防いでいるのであって、このような消火状況からすれば、必ずしも放水量が不足していたとはいえないからである。

(3) なお、右第三類型の解釈として、仮に地震による消防力の低下といった人災的要素が考慮されうるとしても、地震の影響は質的にも時間的にも様々な程度・態様があったのであって、火災延焼拡大に地震による何らかの影響があれば直ちに地震との因果関係が認められるとすることは許されず、延焼拡大が生じた主たる要因として地震が決定的であったかどうかにより判断すべきである。

そして、本件火災の消火に際しては、消火栓の使用が可能で現実に消火栓にホースをつないで平時と同様の消火活動がなされたこと、また、須磨消防署の消防車が本件火災が覚知された午前七時八分からわずか一〇分前後で本件現場に到着し、その間に交通の混乱もみられなかったことからすれば、本件延焼拡大が生じた基本的な原因は、本件火災が原因不明の爆発的な要因によって発生し、しかも、本件火災当日の風速五メートルという強い北西の風によって極めて短時間に燃え広がったことに求めるほかなく、電話がつながりにくかったことにより多少消防署の覚知が遅れたことは副次的な要因にすぎないというべきである。

したがって、本件火災が地震によって延焼拡大したということはできない。

また、右のように本件火災は出火後の勢いが激しく、通常時の消防体制の下にあっても相当の延焼は免れなかったことは明らかであり、それにもかかわらず、全て地震と因果関係のある延焼と主張するのは不当である。

第四 当裁判所の判断

一  争点1(本件損害の発生及び本件火災と本件損害との因果関係)について

証拠(甲一、七、証人田辺ミサオ、原告山本本人)によれば、各保険目的のうち、建物については、いずれも、本件地震後もその基幹部分は保持しており、未だ滅失はしていなかったことが認められる。

そして、その内部に置かれていた家財についても、一部は倒壊等していたと認められるものの、その価値の大部分は本件地震後もなお残存していたと推認することができ、これを覆すに足りる証拠はない。

そこで、各保険目的が最終的には本件火災によって全焼ないし半焼したことは前示のとおりであるから、少なくとも各保険目的のうち、本件地震により損傷を受けなかった部分については、本件火災により、その全部ないし半分を焼失し、その価値を失ったものと認められる。

したがって、右の範囲で各保険目的に生じた損害は、本件火災と因果関係を有すると認められる。

二  争点2(本件免責条項の効力)について

1  本件免責条項の拘束力について

(一) 本件免責条項は本件各保険契約に適用される保険約款において定められているところ、契約当事者間において特に保険約款によらない旨の意思を表示せずに契約した場合には、特段の事情がない限り、当事者は保険約款によるという意思をもって契約を締結したものと推認するのが相当である(大審院大正四年一二月二四日第一民事部判決参照)。

(二) 原告らは、原告らはいずれも保険約款中の本件免責条項について、被告らから開示されたり、説明を受けたりしておらず、地震免責条項という保険約款の重要部分について開示・説明がされていない以上、その部分は拘束力を生じない旨主張するので、これが右特段の事情に当たるかどうかについて検討する。

(1)  証拠(乙A三、乙B一、二、丙一)及び弁論の全趣旨によれば、① 原告らが作成した本件各保険契約の各申込書には、保険の種類として「(月掛)住宅総合(保険)」、「(月掛)店舗総合(保険)」等のほか、「地震(保険)」の項目欄が記載されていたが、いずれの申込書においても「月掛住宅総合(保険)」ないし「普通火災(保険)」の項にしか丸印が付されていないこと、② 右各申込書には、保険金額及び保険料の欄に主契約のほか地震保険の項目欄も設けられていたが、いずれの申込書においても主契約の保険金額及び保険料が記載されているのみで、地震保険の保険金額欄及び保険料欄は空白とされていたこと、③ 右各申込書には、「貴社(の)普通保険約款及び特約事項を承認し、下記のとおり保険契約を申し込みます。」と記載され、各申込書の左端付近には、「お申し込みに際しては別にお渡しする『ご契約のしおり』をご覧下さい。」などと記載されていたこと、④ 原告らは、いずれも「地震保険は申し込みません。」と記載された「地震保険ご確認欄」にも押印ないし署名していること、以上の事実が認められる。

右認定事実によれば、原告らは、本件各保険契約の締結にあたり、本件各保険契約に適用される保険約款には本件免責条項が存在し、その事由が存在する場合には損害の填補を受けられないことを認識して本件各保険契約を締結したものと推認できる。

(2)① 原告山本は、その本人尋問において、保険契約三、四は妻が締結したもので、自分は関与していない旨の供述をする。

しかし、原告山本と被告日動火災との間で保険契約三、四が締結されたことは前示のとおりであり、原告山本はその契約の効力を主張して本件の請求をしているのであるから、仮に右原告山本の供述するとおりであったとしても、原告山本の妻は原告山本を代理して保険契約三、四を締結したと推認され、そうだとすれば、本件免責条項の知、不知は原告山本の妻を基準に判断すべきところ(民法一〇一条一項参照)、右認定の保険契約三、四の各申込書の記載状況からすれば、原告山本の妻は、当然、右各保険契約には本件免責条項が適用され、地震の場合に填補を受けられないことを認識して右各保険契約を締結したものと推認できる。

② 原告新井作成の陳述書(甲一三)には、保険契約五は、昭和三九年ころに原告新井の亡夫が締結し、名義を原告新井にしていたのみで、契約締結当時の詳しい状況は知らないし、被告富士火災の担当者は毎年集金に来て、原告新井が保険料を手渡していたが、その際、更改申込書(丙一)のような書類を見せられたことはなく、丙一の「地震保険ご確認欄」の「新井一子」という署名の筆跡も自分のものではないとしている。

しかし、丙一によると、この更改申込書には「前契約と同等条件」という欄のほかに、「おすすめコース」の欄に、「主契約 保険金額(賠償は支払限度額)二六〇〇万円 保険料 四万一九三〇円」という記載がされていることが認められる、この記載内容に照らせば、保険会社の担当者は、原告新井に対し、右更改申込書の「おすすめコース」欄を示して「おすすめコース」の方に入ることを勧誘したものと推認される。

したがって、甲一三の右「更改申込書を見せられたことはな」いとの記載部分は信用できず、更改申込書を見せられたとすれば、右「地震保険ご確認」欄部分も原告新井の意思に基づいて作成されたものと推認できる。

③ そして、他に前記(1)の認定を覆すに足りる証拠はない。

(3) したがって、原告らに本件免責条項の認識可能性がなかったとはいえないから、右特段の事情があったとはいえず、原告らの右主張は理由がない。

よって、本件免責条項は、本件各保険契約の内容となり、原告らに対し拘束力を有するものというべきである。

2  本件免責条項の公序良俗違反について

(一) 地震による損害に関しては、地震発生についての著しい予測困難性、地震による損害の巨大性、平均損害見込額と最大損害額との間の著しい差(一回あたりの地震損害が絶大になりうる反面、地震損害皆無の年も多い。)等から大数の法則が通用しないこと、逆選択の危険性等の特殊性があるため、保険という制度には極めてなじみにくく、これを無限定に損害保険の対象とすると、損害保険制度自体が成り立たなくなるおそれがあるが、他方、わが国は地震の多い国で、地震による損害に対応した保険制度の創設が強く求められたため、右のような各種の難点を考慮して、通常の火災保険には地震免責条項を設け、これをいわば補完するものとして火災保険に原則自動附帯方式で締結される地震保険制度が設けられている。

このような地震保険を含む火災保険制度全般の制度趣旨にかんがみれば、本件免責条項のような地震免責条項が、保険者としての合理的な計算に基づく支出準備金を著しく超えた資金を獲得するために不填補事由を必要以上に拡張するものであるということはできず、損害保険会社を不当に利する条項であるとまでいうことはできない。

(二)  また、風水害による損害と地震による損害とは、右に挙げたような地震の特異性からみて、同列には論じられない。なお、平成七年版消防白書(甲九)によれば、本件地震による全壊家屋戸数は九万三一六二戸に上るのに対し、風水害のうちで最大の被害をもたらした昭和三四年のいわゆる伊勢湾台風における全壊家戸数は四万〇八三八戸であって、本件地震は伊勢湾台風の二倍以上の全壊家屋戸数の被害をもたらしている。

また、同書によれば、平成七年上半期における火災の発生状況として、焼損面積は建物床面積九四万二二八一平方メートル、損害額は八六九億七三八五万六〇〇〇円とされ、これに対し、平成六年上半期においては、同面積は九六万九八九九平方メートル、損害額は八八四億七二九四万一〇〇〇円とされているが、これについては、注として、神戸市においては、阪神・淡路大震災に伴い、火災調査が困難をきたしているため、発災後一〇日間に発生した火災の損害状況のうち、焼損面積(建物床面積を含む)、火災の損害額は計上されていないとされており、これをもって、平成七年上半期において、本件地震があったにもかかわらず、火災による損害が漸増したにすぎないということはできず、他にそのようなことを示す証拠はない。

そして、仮に損害保険会社が平成七年三月期の決算において経常利益として二一五五億円を上げているとしても、平成七年三月期決算では、平成七年一月一七日に発生した本件地震による損害についての損害保険会社の対応が全て反映されているとは必ずしもいい難いし、右(一)の、わが国の火災保険制度全般の制度趣旨にかんがみれば、地震保険に加入せず、地震による損害についての保険料を支払っていなかった保険契約者が、地震による損害について、地震免責条項の存在により、通常の火災保険による保険金の支払を受けられなかったとしても、制度上やむをえないといわざるをえない。

(三)  また、生命保険と損害保険とでは各保険制度の目的・約款・構造を異にするのであるから、これらの差異を無視して両者を単純に比較することはできないし、諸外国の損害保険制度についてもそれぞれの国ごとの地震に関する事情が異なることは明らかである以上、わが国の損害保険制度と諸外国の損害保険制度を単純に比較することもできない。

(四) 原告らは、本件免責条項のような地震免責条項は、規定の仕方自体が漠然不明確で免責範囲が不当に広く解されるおそれのある条項であると主張する。

しかし、本件免責条項は前記のとおりのものであり、一見しただけではその意味を認識理解することが容易でない面もないではないが、一般通常人の理解を基準としても、その意味が全く漠然不明確であるということはできない。

また、本件免責条項によれば、結局、地震と火災の発生ないし火災の延焼または拡大との間に相当因果関係があれば、地震により発生した火災及びその延焼または火災の地震による延焼拡大によって発生した損害については、損害保険会社が免責されることになるが、そのためにはあくまで火災の発生ないし火災の延焼拡大と地震との間に相当因果関係が認められることが必要なのであって、地震による影響が多かれ少なかれ社会生活上残っている状況下の火災が全て免責されることになるわけではない。

さらに、前述の地震保険を含む火災保険制度全般の制度趣旨にかんがみれば、本件免責条項のような地震免責条項が、保険者としての合理的な計算に基づく支出準備金を著しく超えた資金を獲得するために不填補事由を拡張するものであるということはできない。

したがって、右原告らの主張は採用できない。

(五)  以上のとおり、原告らが本件免責条項が公序良俗に違反する理由として主張するところはいずれも理由がなく、本件免責条項が公序良俗に違反するということはできない(大審院大正一五年六月一二日第三民事部判決参照)。

三  争点3について(本件免責条項の内容)について

1  原告らは、本件免責条項のような地震免責条項の解釈について、そこにいう「地震によって」とは「地盤の揺れによって」という意味に、しかもその場合の「地震」とは「地震と同時に広範囲にわたって多発的に火災が生じ、被害額自体が損害保険会社の基礎を掘り崩し、企業の存立を危うくするような地震」という意味に解すべきであると主張するので、以下検討する。

2 本件免責条項のような、約款における条項の文言の解釈については、一般通常人の認識・理解を基準にすべきところ、地震とはすなわち地盤の揺れであることはそれ自体間違いではないが、本件免責条項は「地震によって生じた火災(及びその延焼)による損害」と「火災の地震によって生じた延焼拡大による損害」は免責されるということを規定としているのであって、「地震によって生じた火災」という場合に、一般通常人の理解が「地震という地盤の揺れによって生じた火災」のみに限定されるかは多いに疑問である。

なぜなら、第一、第二類型について考えれば、地震後に火災が発生する場合が、常に「地盤の揺れによって家屋の中で使用中であったストーブが倒れたり、炊事中のガスの火が地盤の揺れによって落下してきた家屋の構造物等に引火して、家の中に燃え広がった」というような、いわば「地盤の揺れによって直接火災が発生する場合」のみであるとは考え難く、むしろ、地震後に発生する火災として想定されるもののうちには、本件地震のような巨大地震の場合に、地盤の揺れによってガスの配管が破損し、通常の日常生活では考えられない異常なガス漏れが生じ、それに何らかの火が引火して火災が発生するといったことも含まれると考える方が素直であり、地震によるこのような異常なガス漏れが存在しなければ、その後の火災も発生しなかったことも明らかであるからである。

そうだとすれば、意識的な放火といった、他のより有力な要因が認められない限りにおいては、右のような異常なガス漏れに何らかの火が引火した場合の火災発生についての最も有力な要因は、地震という地盤の揺れによって生じたガス管の破損による異常なガス漏れであるといわざるを得ず、これをもって「地震によって発生した火災」ではないとすることは、一般通常人の理解を基準としても、不合理であるといわざるをえない。

したがって、「地震によって発生した火災」は、「地盤の揺れによって発生した火災」に限定されず、「地盤の揺れによってガス管が破損し、通常の日常生活では考えられない異常なガス漏れが生じ、それに何らかの火が引火して火災が発生した」というような場合であっても、このような異常なガス漏れ以外により有力な要因が認められない限り、含まれると解するのが相当である。

3 次に、「地震」という文言自体をどう解すべきかについて検討する。

(一) まず、本件免責条項の「地震」という文言には何らの限定もされていないことから、一般通常人の認識・理解を基準に判断すれば、ここにいう「地震」を原告らの主張のように限定して解釈する必要はなく、地震一般を意味するものと解釈すればよいことになる。

(二) 原告らは、地震免責条項は損害保険会社の経営基盤を保護するという存在意義を有する限りにおいて適用されるべきであることや商法六六五条、六四〇条を解釈の指針とすべきであることを、その主張の理由として挙げている。

この点、地震免責条項の存在意義が、前記のような、地震による損害の巨大性といった、地震による損害の特殊事情から、地震が保険という制度に著しくなじみにくいといった点にあることからすれば、地震免責条項の「地震」の解釈について何らかの限定をすべきではないか、例えば局部的地震で火災被害の比較的少ない場合は除くべきではないかという考え方もないではない(注釈民法(13)七五頁〔谷口知平〕参照)。

しかし、火災保険制度全体として、地震による損害の特殊事情を考慮して、地震による損害については、保険契約者の選択により通常の火災保険に原則自動附帯とされる地震保険によって対応するという制度が採られているのであって、地震による損害についてどのように対応するかについては保険契約者の選択に委ねられており、それによって支払う保険料も異なるのであって、その場合の地震による損害については、特に右のような局部的地震で火災被害の比較的少ない場合は除くといった限定が何らなされていないことは明らかである。

そして、このような全体としての火災保険制度の合理性を否定できず、これを前提として判断せざるをえないことからすれば、保険契約者が、選択可能であった地震保険契約の締結をせず、地震による損害について予定されている保険料を支払わないことを選択した以上、地震保険のみによって対応することが予定されている地震による損害について、通常の火災保険契約に基づく保険金の支払を受けられるとする理由はないといわざるをえない。

そして、その場合の「地震による損害」について特に限定がない以上、地震免責条項の解釈においても、そこにいう「地震」の意義を特に限定する必要はないというべきである。

なお、商法六六五条、六四〇条は任意規定であるから、契約当事者間でこれと異なる定め(本件免責条項)がされ、その解釈について右のように解することについて特にその合理性が否定できない以上、右商法の規定によって、右解釈が影響を受けることはないというべきである。

4 したがって、本件免責条項の「地震」を原告らが主張するように限定して解釈する必要はなく、右「地震」の文言は、一般的な意味での「地震」全般を含むと解するのが相当である。

四  争点4(本件損害についての本件免責条項の適用の有無)について

1  本件地震は、北緯三四度三六分、東経一三五度〇三分、深さ約一四キロメートルを震源として発生した、マグニチュード7.2のものである。本件地震は、地殻の浅いところで発生した典型的な都市直下型内陸地震であり、気象庁は、これによる地面の揺れを、神戸市において震度六と認定したが、その後の現地調査の結果、淡路島北部から神戸市、芦屋市、西宮市、宝塚市にかけての幅一ないし二キロメートルの帯状の市街地において震度七と認定した。

そして、神戸市消防局編集の「阪神・淡路大震災における火災状況 神戸市域」(八頁)によれば、神戸市全体において、本件地震発生後から平成七年一月二七日までに発生した火災は一七五件であるが、本件地震発生当日に一〇九件の火災が発生しており(なお、「神戸消防の動き」平成七年版消防白書資料編一三頁によれば、平成六年の神戸市内の火災件数は九六六件であり、一日あたりの火災発生件数は約2.6件である。)、そのうち本件地震発生から午前六時までに発生した火災が五四件、午前七時までに発生した火災がそれまでの分と合わせて合計六四件となっており、本件地震発生から午前七時までに発生した火災が、本件地震発生当日に発生した火災の約六割(58.7パーセント)を占めている。

(以上は当裁判所に顕著な事実である。)

2  証拠(甲一ないし三、四の一、同二、五ないし七、一三、検甲六ないし一一、乙二、三、乙A四、乙B四、証人田辺ミサオ、同阿部修三、原告山本本人)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

(一)  (保険目的建物の位置関係)

各保険目的の配置は別紙焼損建物配置図のとおりである(なお、右配置図における「大野方」が保険目的一の建物、同「山本方」が保険目的二の建物、同「山本文化」が保険目的三、同「新井文化」が保険目的四である。)。

(二)  (山本文化)

(1) 山本文化は、昭和三六年六月二二日新築の二階建共同住宅で、各階に一〇戸が入居できるが、本件地震当時は、一階には東端の田辺のほかに二世帯が入居し、二階には四世帯が入居していた。

(2) 山本文化では、昭和四三年四月一日にプロパンガスの供給施設が備えられ、各戸にプロパンガスが供給されていた。

山本文化の一階の一世帯及び二階の四世帯には風呂が設置され、給湯用の大型湯沸かし器が室内の北側に設置されていたが、田辺方には風呂はなく、二口ガスコンロのみが使用されていた。

(3) 山本文化のプロパンガスの配管の総延長は三〇メートル足らずであるが、山本文化のプロパンガスの供給施設は、以下のようになっていた。

プロパンガスは、山本文化建物の北東の屋外に設置された屋根付きボンベ置場内の、鎖で固定された四本のプロパンガスから、調整器を経由して本管に流入され、本管は一旦地中に埋設されてから山本文化南西端付近で地表に出て、建物の北東側階段上り口付近から垂直に立ち上げられ、北側の一階窓の庇の上付近の外壁面に沿って東から西に配管されていた。

そして、室外のガス管から各室の台所の外壁に開けられた穴に枝管で導かれ、その穴の外側部分において「エルボー」と呼ばれるL字型の管と接続され、さらにエルボーの先に長さ約三メートルの直管が接続されて、同直管が壁内を通って室内内壁付近においてヒューズコックと接続されていた。

なお、L字管、直管、ヒューズコックは、順次、ネジ式に接続された上、接着剤で止められており、また、直管にひびが入ることはほとんど考えられない状態にあった。

そして、室内でゴム製のガス管が仮にはずれた場合、ヒューズコックによるガスの自動供給停止が働き、ガスが室内に漏れないようになっており、さらに室内で使用中のガスコンロが何らかの原因で消えた場合には、ガスコンロの生ガス防止装置が働いてガスコンロへのガスの供給はストップされるようになっていた。

なお、平成六年九月二二日、田辺方関連の保安調査が実施され、右ヒューズコック、安全装置その他の設備に異常がないことが確認されていた。

また、本件倉庫に関しても、本件地震当時、本件倉庫の本管から枝管につながる閉止コックが閉じられており、かつ、閉止栓をはめ込み、個メーターも取り除いて、枝管にはプロパンガスが流入しない処置が施されていた。

もっとも、山本文化は、新築以来、屋根瓦を葺き替えたり、西側の柱を補強するといったこと以外に、特に補修は行われず、プロパンガスの配管についても、風呂の設置等で設備変更された場合に工事が行われただけで、特に補修補強はされず、設備変更がなかった部分については、最初に施工されたままであった。

(三)  (本件地震発生後、本件火災発生前の付近の住民らの行動等)

(1) 原告山本は、本件地震による揺れがおさまってから自宅の部屋の中を見回り、着替えた後、外に出て、山本文化の様子を見に行った。その際、原告山本は、自宅のガスボンベはバルブを閉めたが、島崎方、原告大野宅、新井文化の北側を通ったものの、各戸に設置されていたガスボンベについては特に点検等はしなかった。なお、原告山本は、自宅台所の水道の蛇口や外の散水のための蛇口をひねってみたが、水の出は本件地震前と特に変わらなかった。

そして、原告山本は、山本文化の東側ガスボンベ置き場のボンベを確認したが、ボンベは四本全部立っており、念のため、同じようにそのバルブを閉めた。その後、原告山本は、山本文化の周囲及び二階を見回ったが、外観上山本文化に特に異常は感じなかったものの、ガスの臭いがするのを感じていた。

(2) 山本文化から北側の通路を隔てた場所の住民である山田淑枝(以下「山田」という。)は、本件地震後、自宅前に駐車中の自動車のラジオを聴いていた際、ガス臭さを感じていた。

(3) 田辺は、本件地震が発生した時、びっくりして一旦家を部屋を飛び出したが、部屋に特に異常がないように見えたので、部屋の中に戻った。

(四)  (本件火災発生時付近の住民の行動等)

(1) 原告山本は、前記のとおり山本文化の周囲などを見回った後、「火事や、助けて。」という女性の声を聞いて、田辺方に行ったが、その時は既に田辺が男性二人に両脇を抱えられて部屋から助け出されており、田辺方内部で火災が発生しているのを見た。その後、原告山本は、消防署に本件火災発生を通報するために自宅に戻り、消防署に電話したが、電話は通じなかった。

なお、原告山本は、本件地震が起きてから本件火災発生までに三〇分から四〇分くらい経っていたという認識をもっており、また、本件火災発生時には炎が走ったのを目撃している。

(2) 原告大野は、本件地震発生後、次男が仕事に行くというので、時計を見て午前六時三〇分であることを確認し、その後しばらくたってから、「ドーン」という音を聞いた。

原告大野の次男が、台所の北側裏口から外へ出て様子を見て、「危ないから出てくるな。ガラスが散乱している。」と大声を出したので、原告大野が風呂場の窓を開けて外の様子を見ると、自宅の斜め向かいにある山本文化の田辺方の南側の窓ガラスが割れていて、窓枠に火がついているのが見えた。

原告大野の次男がバケツや大鍋で消火しようとしたが消せず、自治会の消防団がホースを消火栓につないで消火を始めていたが、その時は既に原告大野の自宅には相当火がまわっていた。

(3) 山田は、午前六時三〇分ころにドカンという音を聞くと共に、爆風で少し飛ばされ、その際、顔や手に少しすり傷を負った。

山田は、その爆発によって本件火災が発生したと認識した。

右の「ドカン」ないし「ドーン」というような爆発音は、その他数人の近所の住人(坂本ハクト、立川富美子、奥かつ江ら)が耳にし、その者らは、右爆発音の直後に山本文化から火が燃え上がるのを見ている。

(4) 田辺は、自分の部屋で布団をかぶっているとき、部屋が大きく揺れるのを感じ、それと同時に、部屋の南側壁の西寄りの部分が赤くなって、火が出ているのを発見した。田辺は、近所の男性に助け出されたが、やけど等の負傷はしていなかった。

なお、田辺は、自分の部屋のガスの元栓は前日のうちに閉め、石油ストーブも寝る前に消し、仏壇のマッチやろうそくも後片づけをしていた。

また、田辺は、喫煙をしていたが、本件地震発生の前日、就寝前に吸ったたばこの後片づけをして就寝しており、本件地震発生時に一旦外に出た際には煙草は持ち出さず、再度家に入ったときも煙草は吸わなかった。

(五)  (本件火災の消火作業等)

本件地震当日の午前七時〇八分ころに、本件火災現場から北に約一キロメートルの距離にある須磨消防署北須磨出張所に、警察官が「妙法寺の郵便局が燃えている。」と言って駆け込んできたことから、消防署の消防隊が直ちに出動したところ、右郵便局には全く異常が認められなかったものの、その約八〇〇メートル南側に多量の黒い煙が上がっているのが認められた。

そこで、同消防隊は、検索のため本件火災現場方面に向かい、午前七時一八分に本件火災現場に到着した。その時の本件火災現場の建物の焼損状況は別紙現着時焼損範囲図のとおりで、山本文化、新井文化、原告大野宅、島崎方の四棟に火が入っていた。消防署の消防隊は地元自治会消防団と交代して放水を行い、午後二時ころになって、ようやく本件火災は鎮圧、鎮火された。

(六)  (本件火災調査報告書について)

(1) 本件火災調査報告書においては、出火時刻は午前六時五八分ころと記載されているが、これは、須磨消防署が、平成七年一月三一日に実施した聞き込みの結果をまとめた現場聞き込み調査書(本件火災調査報告書添付のもの・以下「現場聞き込み調査書」という。)記載の聞き込み結果を考慮して本件火災発生時刻を午前五時五八分ころと認定したにもかかわらず、記載時に午前六時五八分ころと誤記してしまったことによるものである。

現場聞き込み調査書によれば、本件火災が発生した時刻については、対象となった住民八人のうち、午前六時ころまでと回答したのが五人、午前六時三〇分ころと回答したのが一人(山田)、地震後しばらくしてと回答したのが一人、回答が明らかでないのが一人であった。

(2) また、現場聞き込み書によれば、本件火災発生のころ、ガスの臭いがしたかという点については、山田及び原告山本の二人がしたと回答し、しなかったと回答した住民が四人で、回答が明らかでない住民が二人であった。

なお、太田良夫及び大川三郎は、ガスの臭いはしなかったと回答しているものの、本件火災は爆発的に発生して炎上したとも回答している。

(3) さらに、本件火災の発生場所については、山本文化東端の田辺方付近と回答した住民が五人で、向かいの家の並び(山本文化)と回答した住民が一人、回答が明らかでない住民が一人であった。

(七)  (プロパンガスの性質等)

プロパンガスが漏出した場合でも、ガスと空気との混合比が適合しない限りガス爆発が起こることはないので、屋外で漏出した場合には、通常はプロパンガスが空気中に拡散していくのみで、ガス爆発は生じない。

しかし、プロパンガスの漏出が屋外で発生した場合であっても、ガスと空気の混合比が偶然適合してしまった場合には、自動車のセルモーターや静電気による火花によっても引火・爆発する可能性がある。

3  原告山本は、その本人尋問において、本件地震後山本文化を見回った際、ガスの臭いはしなかった旨供述するが、本件訴訟を提起する前の消防署員の現場聞き取りの際には、ガスの臭いはし、しかも本件火災発生時には炎が走ったと具体的に供述していることが認められ(甲一)、これに照らせば、右原告山本の供述は採用できない。

4  右2認定の事実に基づいて、本件損害に本件免責条項が適用されるかについて、以下検討する。

(一)  本件火災の発生時刻について

須磨消防署は、現場聞き込み調査の結果を考慮して、出火時刻を午前五時五八分と認定している。

しかし、右現場聞き込み調査は、本件地震発生から二週間も経過した平成七年一月三一日に実施されたものであり、その本件地震後の日数の経過を考えると、その正確性には疑問がありうる。

他方、原告山本は、本件火災発生は本件地震発生から三〇ないし四〇分経過してからであると認識しており、その根拠として、本件地震発生後、山本文化を見回った後に本件火災が発生したことから、本件火災が発生したのは本件地震直後ではない旨供述している。

また、原告大野も、午前六時三〇分からしばらくして本件火災が発生したと認識していると供述し、その根拠として、次男が仕事に行くというので時計を確認したところ午前六時三〇分だったとしている(甲七)。

右原告らの示す各認識の根拠は、いずれも具体的なものであり、正確性は高いものといえる。そして、本件には特に利害関係を有しない山田も、現場聞き込み調査に対して、本件火災は午前六時三〇分ころに発生したと述べている(現場聞き込み調査書)。

以上のところからすれば、本件火災は、午前六時三〇分以降に発生した可能性が高い。

(二)  本件火災の具体的発生原因について

(1) 本件火災の具体的な発生場所については、現場聞き取り書においては、対象となった八人の住民のうち五人が山本文化東端の田辺方付近としており、田辺も、本件火災発生時に田辺方の南側の壁の西寄りの部分が真っ赤になって火が出ていたのを目撃していることから、本件火災は田辺方付近から発生したと認められる。

(2) 本件火災現場の周辺住民のうち、原告大野、山田、その他数名の者が「ドカン」ないし「ボーン」というような爆発音を耳にし、その直後に火が発生したのを目撃していること、原告山本と山田は、右爆発音を耳にする前にガス臭を感じていること、田辺は、自分の部屋が大きく揺れるのを感じた直後に部屋の壁の方から火が出ているのを発見したこと等、本件火災発生前後の状況にかんがみれば、本件火災はガス爆発を原因として生じたと考えるのがもっとも合理的である。

(3) 本件地震による揺れが非常に強烈なものであったこと、山本文化のプロパンガス供給施設は、昭和四三年に施工されて以来設備変更があった部分以外は何ら補修・補強されていなかったことから、経年による配管等の設備に疲労が生じていた可能性が少なくないこと、本件地震発生後、本件火災発生前に、田辺方の南西側にあたる原告大野宅のガスボンベについては、どのような状況になっていたか全く不明であること等を考慮すれば、本件火災は、本件地震の揺れによって山本文化又は原告大野宅のプロパンガス供給施設のどこかが損傷し、そこから漏れたプロパンガスに何らかの火が引火して爆発炎上し、発生したものと認めるのが相当である(本件火災の発生状況、殊に、近所の住民によって爆発音の発生直後に本件火災の発生が確認されていること及び右本件火災の発生が確認される前に、ガス臭を感じた住民がいたこと〔ガス臭を感じなかった住民もいたことは間違いないが、少人数であってもガス臭を感じた住民がいたということは、ガス漏れがあったことを強く推認させるものである。〕等を考慮すれば、前記認定の経緯で漏出したプロパンガスに何らかの火が引火して爆発炎上し、本件火災が発生したとしか考え難い。)。

(三)  原告の主張について

(1) 原告らは、本件火災の発生原因は、田辺方内部において、田辺が出しっぱなしにしたプロパンガスに、田辺が吸った煙草の火が引火した可能性が高い旨主張する。

しかし、そうであれば、爆発音が発生するような引火の仕方からして、田辺がやけどを負わないということは考えられないところ、田辺は本件火災の際にやけどを負わなかったのであり、このことは本件火災の原因が右原告ら主張のものでなかったことを強く推定させるものといえる。したがって、右原告らの主張は採用できない。

(2) 原告らは、本件火災の発生原因がガス爆発ではありえないと主張し、その理由として、① 屋外でガスが漏れても通常はそのまま引火せず、ボンベが空になっていく、② 山本文化では室内にプロパンガスの配管をしておらず、山本文化の内部にガスが充満することはない、③ 原告山本が本件地震直後に山本文化に赴き、山本文化のプロパンガスボンベのバルブを閉めているから、仮に配管からガス漏れがあったとしても極めて短期間のことであり、さらに、プロパンガスは都市ガスと異なり圧力は弱く、かつ、空気より重いので、下に溜まる性質があり、爆発するほどの量が短時間に滞留することはない等の点を主張する。

しかし、右①の点については、屋外にプロパンガスが漏出した場合であっても、空気とプロパンガスの混合比が合致すれば、静電気による火花等によってもガス爆発が発生する可能性があるから、屋外に漏出したプロパンガスに何らかの火が引火してガス爆発が生じた可能性はやはり否定できない。また、②の点については、確かに、山本文化においては室内にプロパンガスの配管をしていないが、屋外におけるガス漏れによってもガス爆発が発生する可能性が否定できない上、本件火災の発生原因となったガス漏れが、田辺方の南西側にある原告大野宅のプロパンガスボンベの損傷によって生じた可能性も否定することができない以上、右原告主張のような事情は、本件火災がガス爆発によって発生したとの認定を覆すに足りないものといわざるをえない。さらに、③の点については、原告山本は、山本文化のプロパンガスボンベのバルブを閉める前に、自宅の部屋を見回り、着替えをした後、外に出て、自宅のプロパンガスボンベのバルブを閉める等しており、本件地震のような大地震直後の被災住民の精神状態の動揺をも合わせ考慮すれば、原告山本が山本文化のプロパンガスボンベのバルブを閉めるまでには一定程度時間がかかったと推認され、その間に、山本文化の損傷したプロパンガスの配管から漏出したガスが爆発可能な程度に滞留した可能性は否定できない。そうでないとしても、原告大野宅のプロパンガス供給設備からガス漏れが生じ、これに火が引火して本件火災が発生した可能性もあることは前記認定のとおりであり、その場合には、原告山本が山本文化のプロパンガスのバルブを閉めたことは、本件火災が漏出ガスへの引火によって生じたことを否定する事由にならない。

したがって、原告らの右主張はいずれも採用できない。

(四)  そして、本件では、漏洩していたプロパンガスに、誰かが意識的に放火したといった事情は一切窺われない。

(五)  以上のとおり、本件火災の発生原因は、山本文化ないし原告大野宅のプロパンガス供給設備のどこかに本件地震の揺れによって損傷が生じ、そこから漏出したプロパンガスに何らかの火が引火し、爆発したことにあるものと認められ、他に、漏出したプロパンガスに誰かが意識的に放火したといった、本件火災の発生についてのより有力な要因は窺われないから、本件火災は、本件免責条項における第一、第二類型の「地震によって生じた火災(及びその延焼)」に該当するものと解するのが相当である。

(六)  そして、本件損害はすべて本件火災及びその延焼によって生じたものであることは前述のとおりであるから、本件損害は、本件免責条項の規定する第一類型、第二類型に該当し、被告らは本件各保険契約に基づく保険金の支払義務を免れるものというべきである。

五  以上の次第で、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官竹中省吾 裁判官永田眞理 裁判官鳥飼晃嗣)

別紙焼損建物配置図〈省略〉

別紙現着時焼損範囲図〈省略〉

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